捜査弁護の基本的姿勢について

 捜査弁護の要は,捜査機関つまり警察や検察官との情報収集戦にあります。情報収集で勝敗が決まります。そのことをまず逮捕に対する攻防戦で説明しましょう。

 ある法益侵害が発生した場合,第一次捜査機関の警察は,事件性を検討します。法益侵害が発生しても事件性がない場合があるからです。
 殺人か自殺か。性犯罪か同意ある性交渉か。横領か単なる使途不明金か。窃盗か紛失か。放火か自然発火か。
 警察もこの事件性判断は慎重に行います。一応,鑑定や資料精査などにより事件性が認められる場合,次に犯人特定の検討に移ります。時には事件性と犯人特定は同時に検討されます。
 犯人特定は,警察の得意とするところです(得意と思っているところ)。ただ,事件性に自信がなく,あるいは,犯人性に自信ない場合,あるいは両方に自信がない場合,警察はどうするか。もちろん自信が持てるまで捜査を継続しますが,いつまでも長引かせるわけにもいかず,どこかの段階で次のアクションに移ります。それは令状による捜索差押であり,在宅による,つまり逮捕しないで任意で事情聴取することです。

 どのような罪名やケースで,逮捕によらない捜査が行われるか。
 もともと逮捕を伴わない,在宅による捜査というものはあります。道路交通法違反事件,交通事故事件(ひき逃げや死亡事故は逮捕されます),万引き,器物破損,条例違反事件などの軽微事件。痴漢は犯行後逃亡したり否認すれば逮捕されることはあります。盗撮は逮捕されることは稀です。著作権法違反,商標法違反などの知財,経済犯事件,暴行傷害のうち軽微な事件。名誉毀損事件などです。これらは逮捕せずに在宅で捜査が進められることが多いです。つまり,電話等で警察から呼び出しがあり,任意で取調べが行われて捜査が始まるのです。
 一方,殺人,強盗,強制性交等事件など重大事件は逮捕されます。また,詐欺,横領は被害額が大きい場合,逮捕されますし,侵入を伴う窃盗は被害額が比較的少ない場合でも,犯人の同一性に難がある場合があるので逮捕されます。
 さらに単独犯ではなく共犯がいる事件で,否認事件は,どの罪名でも逮捕される可能性が高いです。
 ところが,このような,逮捕されてもおかしくない事件であっても逮捕されず,任意で取調べが始まる場合があるのです。 それが,先程述べた,事件性や犯人性に自信がない事件なのです。

 本来なら逮捕されるケースであっても事件性や犯人特定に自信がないために在宅で始まる捜査であっても,のちに容疑が固まったとして逮捕されるケースはあります。
 例えば,証拠上,犯人性を示す証拠が希薄で逮捕状が出ないケースであっても,捜索差押令状が発付されることがあるので,まず捜索差押から入るという手法をとることがあります。逮捕状は令状を発付する裁判官も慎重ですが,捜索差押令状は比較的に簡単に発布されます。犯人特定の証拠が被害者や目撃者の供述調書だけでも捜索差押令状は出ることが多いです。そして,捜索差押を実施して目撃情報と類似の証拠,例えば,着衣などが発見されれば,それを犯人特定の重要証拠として逮捕状を請求することがあるのです。
 通常,捜索差押の執行直後に行われる任意の取調べで自白すればその自白調書も逮捕状請求の重要疎明資料になります。

 潜在的に逮捕の可能性があるケースについて,いかに逮捕を回避するか。
 逮捕というのは,犯罪を行なったと疑うに足る相当理由(単に相当理由と言います。)と,必要性つまり逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあって,逮捕してこれらを防がねば真相解明,事件解決が不可能になってしまうという必要性が認められ場合に令状発付によりなされます。
 これを回避するには,相当理由との関係で,まず逮捕容疑をかけられる心当たりがあるかどうか,です。警察は,捜索差押に続く任意取調べで,例えば,「こうして警察の取調べを受けることに何か心当たりない?」とか,「●月●日にどこで何をしていました?」などと聞いてきます。容疑とされている事実の詳細は告知されないことが多いです。事件性や犯人性が固まっていない段階でのこうした在宅での任意取調べでは,黙秘権の告知も弁護人選任権の告知もないことが多いです。つまり,警察は,取調べ対象者を被疑者ではなく,参考人であるという位置付けをするからです。
 もちろん,仮に供述調書を作ったとしても,黙秘権告知がなければ被疑者調書としては効力はないです。ですから,警察は,もし対象者が自白した場合,「上申書」という形で対象者に自ら任意に書かせて証拠化するのです。
 その上で,それらを疎明資料として逮捕状請求準備にかかり,裁判官の下に走ります。逮捕状発付を直ぐに受けて警察署に舞い戻り,逮捕となるわけです。

 逮捕回避の要諦は,相当理由で闘うのではなく,必要性で闘うことです。弁護士は相当理由を示す証拠にはアクセスできません。警察が証拠を見せるはずがありませんし,そもそも本人も弁護士も何の容疑か分からないこともありますので(これを知る戦略は後で説明します),容疑分からずしてそれを支える証拠など分かりようがないのです。
 例えば,依頼者である被疑者から窃盗事件発生の日には現場におらず,熱海で温泉を楽しんでたと聞き,その裏づけ証拠をとって警察官に示したところで,既に指紋という決定的証拠を入手している警察にとって痛くも痒くもない上,●日から●日までの犯行と被疑事実に幅を持たせていた警察は,却って犯行日の特定にその弁護士情報を借用してしまうのです。「じゃあ,熱海に行く前日にアリバイはあるのかね?」となります。
 これに対して,必要性つまり罪証隠滅や逃亡のおそれの有無に関しては,たとえ被疑事実やそれを支える証拠を知らない弁護士であっても腕の見せどころです。

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